2006-12-02

エンジニアにどうやってインセンティブを与えるか

先週「組込みか組込みでないかの違いはどこにある?」の記事の中で、任天堂の Wii コントローラを題材にして、組込みか組込みでないかの違いは「世界を固定するかしないかの違い」ではないかと書いた。

この記事の中でハードウェアデバイスは日々進化しており、それらのハードウェアデバイスを取り入れることで世界は広がるはずだとも書いた。

でも、その後よく考えてみたら、これは「洗濯機メーカーは新しい洗濯機を開発しようとしてはいけない」の記事で書いた「真のユーザーニーズ」のことを考えていなかったかもしれないと思った。

「洗濯機メーカーは新しい洗濯機を開発しようとしてはいけない」の記事で書いたのは1993年に聞いた当時東京理科大の高橋 武則先生(現 慶應義塾大学大学院教授,工学博士,健康マネジメント研究科 教授)の話で、ユーザーは衣類をきれいにしたいのであって洗濯機は衣類をきれいにする手段のひとつで、ワイシャツ1枚10円でクリーニングしてくれるクリーニング屋が現れたら、必要なくなるかもしれないという話だ。

この話の真意を考えれば、日々進化するハードウェアデバイスを取り入れることが世界を閉ざさないことに通じるという考え方はおかしい、間違っている。

なぜなら、新しいハードウェアデバイスを取り入れることは手段であって、ユーザーニーズを満たすための本質ではない。

インターネットショップで買ったものが思ったようなものではなかったり、サイズが間違っていたとき、無料で引き取ってくれるサービスを始めた店が売り上げを伸ばしているというニュースを見たことがある。インターネットショッピングで「しまった。やめておけばよかった。」ということはよくある。間違った買い物に対して、ショップが無料で引き取ってくれると店との信頼関係が生まれ次の買い物も安心して気軽に選べる。

これは「プロダクトのよさ」を追求したのではない、サービスのよさを追求した結果だ。

日経ビジネス 2006年11月27日号 に-「お母さん」を狙え! 任天堂がWiiに託すお茶の間戦略 -を読んだ。「組込みか組込みでないかの違いはどこにある?」の記事を書いた後だ。

この記事を見た最初に感じたのは Wii がプロダクトとしてワクワクするのは組込みとか非組込みとかいうことではなく、岩田社長を始め任天堂のトップマネージメントたちは家族を巻き込んで使ってもらうプロダクトやサービスは何かを考えていたということだ。

冒頭の写真は、2006年の5月、米ロサンゼルスの展示会「E3」で Wii Sports をプレゼンする岩田聡社長(左)と宮本茂専務だ。

この写真を見て、社長と専務が自分たちのプロダクトをこんなに楽しそうに披露できる会社ってうらやましいなと思った。

任天堂は今でこそ、ニンテンドウDS Lite が大ヒットしているが、ファミリーコンピュータ以降、ゲームキューブのときに売り上げの低迷を経験している。

岩田社長はもともとゲームソフトHAL研究所から2002年に任天堂に移り社長になった。岩田社長とソフト開発部門のトップの宮本専務とハード開発部門トップの竹田専務の3トップでゲーム人口減少への危機感で議論を重ねたそうだ。

岩田社長がすごいと思うのは、自分が若くゲームソフト会社から来た外様であり、前任社長の山内氏は鋭い直感を武器にカリスマを崇められてきたオーナーであるということをふまえて、自分が何を言ったとしても生え抜き社員が素直に言うことに従うとは限らないと考え、「徹底して丁寧し説明し、同意を得る」ことにしようと決めたことだ。

経営陣とまず議論を重ね、出た結論を自分の言葉で繰り返し社内に説明し続けた。

「高機能・高画質ではない手段で、たくさんのユーザーが楽しめる据え置き型ゲーム機を目指す」という3トップの意見は一致したが、社内からは疑念の声が多く上がったそうだ。これに対して岩田社長は時間をかけて丁寧に説明し、目標を具体的に示した。

この「高機能・高画質ではない手段で、たくさんのユーザーが楽しめる据え置き型ゲーム機を目指す」という目標に、即座に「その通り」と反応する社員が数多くいた一方で、方針転換になかなか踏ん切りにつかない社員もいたそうだ。しかし、ニンテンドウDSが市場に受け入れらたことを目の当たりにして、躊躇していた社員も態度を変えるようになった。

岩田社長が考えるニンテンドウのゲーム機のコンセプトは「ゲームに関心のなかった人にも邪魔に思われないような、特に家庭のお母さんに嫌われないようなゲーム機」とのこと。

これには我が家も見事にはまっている。ニンテンドウDS Lite を手に入れた子供はまず、「どうぶつの森」を買った。どうぶつの森はドラゴンクエストのようなゲームとは違い、特に達成すべき目標のようなものがない。四季が移り変わるどうぶつの森で、虫取りや魚釣りなどをしながら、どうぶつの森の住人達と関わってただ時間を過ごすだけなのだ。

「家庭のお母さんに嫌われない」秘訣がここにある。子供はゲームをしていると季節によってなる果物や釣れる魚の違いがわかったり、お金を貯めて家のローン返すといったことを学ぶことができ、発見したことを母親や父親にうれしそうに話す。そうすると親は「DSは勉強にもなるのか」と思う。

実際、自分は「英語漬け」というソフトを買って、ディクテーション(発音された単語や文章を書き取ること)を続けている。

結局、どうぶつの森は家族全員がやることになり、母親は「ゲームに関心のなかった人にも邪魔に思われないような、特に家庭のお母さんに嫌われないようなゲーム機」に見事にはまっている。

ちょっと話はそれるが、このバーチャルな世界で現実の世界を学習したかのように感じることには問題点もある。どうぶつの森の魚釣りはそれなりに難しいがコツをつかめば釣れる確率は非常に高い。でも実際の釣りはそんなに簡単なものではないだろう。いろいろな経験を疑似体験できるのは良い面もあるが、現実の厳しさや厳しさを乗り切るための我慢強さの重要性を学ぶことができないのはよくない。

現実の世界で、自分の思った通りにならないとキレやすい子供を作っているのはちょっと苦労すれば欲しいものが手に入るバーチャルな世界に慣れてしまっているからではないだろうか。ゲームの存在する世界をいまさら否定することはできないが、ゲームによる弊害についても考えておく必要があると思う。

さて、任天堂の会社の話に戻そう。

Wii の企画で、ハードウェア技術者はロードマップから外れたものを作るという決断に対して不安に思っていたという。そもそも任天堂では (おそらく技術)ロードマップ があったというところがすごい。他社の様子を見ながらの行き当たりばったりの開発ではなく、数年もしくは10年後に開発が進むであろう新しい技術やデバイスの取り込みの準備をしていたに違いない。

そんなロードマップから外れても岩田社長は「ゲームに関心のなかった人にも邪魔に思われないような、特に家庭のお母さんに嫌われないようなゲーム機」を作りたい、作らなければならないというコンセプトを伝え、方針の転換に理解を求めた。

そして、浮かんでは消えた試作品の数々を経て、Wiiリモコンができた。

Wii はハードウェアもすごい、Tech-on の記事によると、「Wii を分解して驚くのは,低コストを狙い,徹底的に練られた設計である」とのこと。

一目見てシンプルと分かるメイン・ボードに載る部品点数はおそらく1000を大幅に切る少なさ。いくつかのカスタムLSIとゲームキューブとの互換性を保つためのコネクタ類を除くと,大半の部品に汎用品を採用している。

数百万台作っても同じ品質を保つのは本当に難しい。ハードもソフトも同じで生産時の検査で乗り切ろうとしても限界がある。設計時に品質を作り込まなければ絶対ムリだ。

だから、Wiiの設計方針は決して低コスト一辺倒ではない。ここぞという部分には思い切ってコストを掛けるメリハリがあり、その象徴が金メッキ部品の多用とのこと。

すぐれたプロダクトには見えないところにさまざまな工夫が施されている。ゲームの遊ぶ側だけした体験していない子供達が、多くの人々に受け入れられるようなプロダクトを作れる技術者になれるのだろうか? ちょっと不安が残る。

Wii の開発秘話で分かったのは、よいプロダクトを生み出すのに必要なのは組織上層部やプロジェクトリーダーの熱意だったりするということだ。

なぜ「だったりする」のかというと、これはあまり科学的でもエンジニアリングでもない話であり、「熱意がなけりゃ良いもの作れないのかよ」という不満も含まれているからだ。

一つ言えるのは組込みはプロジェクトに「熱意」を伝えやすいということだ。プロダクトが形に見えるものであり、最終的に自分たちが思った通りに動くようになるとうれしいし、そのプロダクトが多くの人に受け入れられることを想像すると力がわく。

でも当たり前だが「熱意」だけではものづくりは成就できない。ベースに技術がなければムリだ。また、品質を高く保つには技術だけでなく、組織内でのルールや規範も必要になってくる。

エンジニアにインセンティブを与えるには、市場やユーザーが求めている 顕在的価値(Real Value)と潜在的価値(Potential Value) が何であるかを分析し、根気よく伝え、それらの価値を創造するための製品やサービスを実現するために技術を身につけなければならないと考えてもらうことだろう。(ものづくり戦略とソフトウェア品質 を参照されたし)

市場やユーザーが求めている価値が何であるかがエンジニアに伝われば、必要な技術が何かを理解できるようになり、ツールや規範もなぜ守らなければいけないのかが分かるようになる。

市場やユーザーが求める価値を実感するには、自分以外の人間に心の底から「ありがとう」と感謝される経験を重ねることが大事だ。自分のくふうで感謝される経験が積み重なれば、どんなくふうをすればプロダクトの価値を高めることができるのか分かるようなる。

このことはカルロス・ゴーン氏が語った「働くことの本質は貢献である」につながる。

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